静かの幸せ

うるさくて、うるさくて、
カンちゃんは耳をふさぎました。
テレビから大きな笑い声がします。
お母さんはバラエティ番組やワイドショーが大好きです。
家ではずっとずっとテレビをつけています。
ご飯の時も、お勉強の時も、お布団に入る時も、
テレビはカンちゃんが興味の無いことを
ずっとずっと大きな声で話しています。

けれどカンちゃんは
「テレビがうるさい!消してくれ!」と
どうしても言えませんでした。
お母さんはいつもご飯をつくってくれます。
お洗濯をしてくれます。お掃除をしてくれます。
忙しいお母さんが手を動かしながら
楽しめるもの、それがテレビです。
カンちゃんはお母さんが大好きなので、
どんなにテレビがうるさくても、
ぐっとこらえて、ただ耳をふさぎました。
耳をふさいでも、テレビの音は
カンちゃんの手の平の肉を伝わって
ざわざわと頭に入ってくるのでした。

空がうっすら赤く染まりはじめた頃、
お母さんはシュッとエプロンをといて、
「ちょっとお買い物に行ってくるわね」
と、玄関に行きました。
ドアが閉まる「ガッチャン」という音は大きくて、
耳をふさいだカンちゃんにも聞こえました。
その瞬間、カンちゃんは急いで走っていき
つけっぱなしのテレビを消しました。
雑学を披露していたコメンテーターの声は途切れ、
家の中は、しん……と静かになりました。

カンちゃんはソファに座って目を閉じます。
たった一人で俯いています。
もし誰かが今のカンちゃんの姿を見たら、
きっと「なんて寂しそうだろう」と言うでしょう。
けれどカンちゃんは、
何にも音のしない、この静かな時間が
ずっとずっと続けばいいと願っていました。
だって、頭の中はスッキリして、
とても幸せなんですもの。

カンちゃんはお母さんが大好きです。
でも、たまには一人になって
「静か」を楽しむのもいいもんだ、としみじみ思うのでした。