「……私は、神様になりたかったんだよ」
錆びついて今にも崩れそうな機械仕掛けの王は、従者の隣で呟いた。
「人間たちの願いをみんな叶えてあげられる、神様になりたかった」
従者は知っている。千年前の人間たちが神の代わりに造ったのが、目の前の王であることを。機械仕掛けの王の統治は平等で、精緻で、夢のような豊かさをこの国にもたらした。
「だが、私は……なれなかった」
王の瞳はひび割れ、もう世界を映すことはない。数年前に不調が表れてから、劣化は一気に加速した。采配は乱れ、失言に暴言。逆らう者の脚を切り落とす王の姿に、民衆は震え上がった。王が狂った、と。
「せめて、お前には、知っていてほしい。誰も、神様にはなれないけれど」
黙って俯く従者の頭を、王の手が軋みながらそっと撫でる。
「愛することは、誰にだって、できる」
人間たちを導くはずの王は、制御不能の脅威になろうとしていた。こうするしかなかった。人間である従者に、選択の余地はなかった。
「私の、最期の願いは……お前の、脚に、ナる、こト」
子供の頃から仕える王。その胸を、1本の槍が貫いていた。
「すまな、カッた……あ、リガ、ト……」
広く空虚な王室で、静かに機械の役目は終わった。動かなくなった王を抱いて、従者は泣いた。修復不能になった機械を処分すること。それが従者の一族に課せられた使命だった。
――――…
(この丘から見下ろすと、町は小さなおもちゃみたいだ。)
かつての従者は旅立ちの前にふと脚をとめる。広場に集まる人々の歌声がかすかに聞こえた。天に昇った王を讃える歌。祈りの歌。
(たとえ傷つけ合おうとも、共に過ごした時間は消えたりしない。あなたが民を愛したように、私たちもあなたを愛していた。)
深く息を吸い込んで、ゆっくりと前に進む。腿から先を切り落とされた鮮烈な痛みも、今はただ懐かしく思えた。
(私の命もいつかは壊れる。あなたの人生と比べたら、ずっと短い命なのでしょう。少し世界を散歩するつもりで、お付き合いくださいね。)
遥かな空を見上げる生身の体をしなやかに支えて、鈍く光る金属の脚がしっかりと地を踏みしめていた。